「督促の電話もメールも無視されている。内容証明を送るべきか、いきなり裁判か」――売掛金の未払いに直面した経営者が最初に迷うのは、どの手続を選ぶかです。内容証明・支払督促・少額訴訟・通常訴訟は、書き方、費用、期間、向いている相手がそれぞれ異なり、選び方を誤ると時間だけが過ぎて相手の資産が消えてしまいます。この記事では、4つの手続の使い分けの基準と、各手続の書き方・裁判所手数料・期限を条文と裁判所の公表資料に沿って整理し、弁護士名義にすると何が変わるのかまで解説します。
4つの手続の全体像 ― 「争うか」「いくらか」「資産はあるか」で決める
未払金の回収手段は、裁判所を使わない内容証明と、裁判所を使う支払督促・少額訴訟・通常訴訟に分かれます。どれを選ぶかは、次の3つの問いで決まります。
- 相手は争うか:「払う気はあるが資金がない」のか、「納品物に不備がある」「追加作業は頼んでいない」と反論してくるのか。
- 請求額はいくらか:60万円以下なら少額訴訟、140万円以下なら簡易裁判所、それを超えれば地方裁判所が入口です。
- 相手に資産はあるか:判決を取っても預金や売掛金がなければ回収できません。資産が逃げそうなら仮差押えを先行させる判断も必要です。
| 手続 | 向いているケース | 金額の制限 | 出頭 | 結論までの目安 |
|---|---|---|---|---|
| 内容証明 | 正式に催告したい、時効が迫っている | なし | 不要 | 回答期限として到達後1〜2週間 |
| 支払督促 | 金額に争いがなく、相手の住所が分かる | なし | 不要(書類審査) | 異議がなければ1〜2か月程度 |
| 少額訴訟 | 60万円以下で、証拠がその場で示せる | 60万円以下 | 原則1回 | 1〜2か月程度 |
| 通常訴訟 | 相手が反論する、高額、証人尋問が必要 | 140万円以下は簡裁、超は地裁 | 複数回(ウェブ会議可) | 数か月〜1年以上 |
「争いがあるのに支払督促を出す」「資産のない相手に時間をかけて判決を取る」が典型的な失敗です。相手の反論の有無と資産の見当を先につけることが、結果的に最短の道になります。
内容証明の書き方と効果 ― 6か月の時効完成猶予
内容証明郵便は、いつ・誰が・誰に・どんな内容の文書を出したかを日本郵便が証明する制度で、配達証明を付ければ到達日も証明できます。強制力はありませんが、法的には「催告」にあたり、催告の時から6か月を経過するまで消滅時効は完成しません(民法150条1項)。債権は権利を行使できることを知った時から5年で時効にかかるため(民法166条1項1号)、古い債権ではこの6か月が裁判所手続の準備期間になります。猶予中に再度催告しても、さらに猶予されることはありません(同条2項)。
記載すべき事項
- 債権の特定:契約日・契約名・請求書番号・納品日・金額。「取引代金一式」では後日の裁判で使いにくくなります。
- 遅延損害金:約定利率があればその利率、なければ法定利率(民法404条)。金銭債務は損害の証明なしに請求できます(民法419条)。
- 回答期限と予告:到達後1〜2週間程度の支払期限を切り、期限内に支払のない場合は法的手続に移行する旨を明記します。振込先も忘れずに。
避けたい書き方
「刑事告訴する」「取引先に知らせる」といった脅し文句は、恐喝や名誉毀損の問題になりかねず、交渉の主導権も失います。事実と異なる金額や根拠のない高利率の損害金も、後の訴訟で貴社の信用を傷つけます。事実と法的根拠だけを淡々と書いた文書が、最も強い文書です。
内容証明は「6か月の時効猶予」と「次の手続に備えた証拠づくり」のための書面です。発送日を起点に、6か月以内に支払督促か訴訟へ進むスケジュールを同時に立ててください。
支払督促 ― 出頭不要で判決と同じ効力を得る流れと期限
支払督促は、金銭の支払請求について、債権者の申立てにより簡易裁判所の裁判所書記官が発する手続です(民事訴訟法382条)。相手の言い分を聞かずに発付され(同法386条1項)、書類審査だけで裁判所に出頭する必要がありません。申立先は相手の普通裁判籍(会社なら主たる事務所)の所在地を管轄する簡易裁判所で、相手の営業所の業務に関する請求ならその営業所の所在地でも申し立てられます(同法383条)。
流れと期限 ― 2つの「2週間」と1つの「30日」
| 段階 | 内容 | 期限・根拠 |
|---|---|---|
| 1. 申立て | 申立書を提出(2026年5月21日以降はオンラインも可) | 裁判所書記官が審査 |
| 2. 発付・送達 | 相手に支払督促が送達される | 送達時に効力発生(同法388条2項) |
| 3. 督促異議(1回目) | 相手が異議を出せば通常訴訟へ移行 | 送達から2週間以内(同法391条1項) |
| 4. 仮執行宣言の申立て | 異議がなければ債権者が申し立てる | 申立て可能時から30日以内。過ぎると失効(同法392条) |
| 5. 督促異議(2回目) | 仮執行宣言付支払督促の送達後 | 2週間を過ぎると異議不可(同法393条) |
| 6. 確定 | 異議がなければ確定判決と同一の効力 | 同法396条 |
仮執行宣言が付された時点で強制執行を申し立てられます。一方、相手が異議を出すと、請求額に応じて簡易裁判所または地方裁判所に訴えが提起されたものとみなされ(同法395条)、通常訴訟に移行し、訴え提起手数料との差額を追納します。
金額に争いがなく、単に支払を引き延ばしている相手には最適です。逆に、品質や追加作業で反論が予想される相手に出すと、異議で訴訟に移行して時間を失います。相手の所在が不明で公示送達が必要な場合は使えません(同法382条ただし書)。4の「30日」を忘れて失効させる例は珍しくないため、申立て後は期限をカレンダーに入れておきましょう。
少額訴訟 ― 60万円以下を原則1回の期日で決着させる
少額訴訟は、訴額60万円以下の金銭請求について簡易裁判所で利用できる特別な訴訟です(民事訴訟法368条1項)。同じ簡易裁判所では年10回までの利用回数制限があり、申立て時にその年の利用回数を届け出ます(同条3項)。
- 原則1回の期日で審理・判決:証拠はその場で調べられる書類や証人に限られます。契約書・注文書・納品書・請求書・督促のやり取りを最初の期日までにすべて出す準備が必要です。
- 分割払い・支払猶予の判決がある:相手の資力を考慮して、判決の日から3年を超えない範囲で分割払いや支払猶予、訴え提起後の遅延損害金免除を定めた判決になることがあります(同法375条)。
- 控訴できない:不服申立ては送達から2週間以内の異議のみで、控訴はできません(同法377条・378条)。異議後は同じ簡易裁判所で通常の手続により審理されます。
- 相手が通常訴訟に移行させられる:被告は最初の口頭弁論期日で弁論するまで、通常手続への移行を求めることができます(同法373条)。
判決後は、判決をした簡易裁判所で預金などへの「少額訴訟債権執行」を申し立てられる点も、小口債権では使い勝手の良い部分です。
通常訴訟 ― 争いがある・高額なときの流れと期間の目安
相手が反論している、金額が大きい、証人尋問が必要といった事案は通常訴訟です。訴額140万円以下は簡易裁判所、それを超えれば地方裁判所が第一審になります(裁判所法33条1項1号)。申立先は原則として被告の住所地を管轄する裁判所ですが、契約書に合意管轄の定めがあればそれに従います。ひな型に貴社の所在地を管轄する裁判所を合意管轄として入れておくと、遠方の取引先への訴訟で効いてきます。
- 訴状の提出:請求の趣旨(いくら支払えという結論)と請求の原因(契約・履行・不払いの事実)を書き、証拠を番号付きで添付します。
- 口頭弁論・争点整理:約1か月ごとの期日で主張書面を交換し、争点を絞ります。裁判所が相当と認めればウェブ会議で出頭できます。被告が答弁書も出さず欠席すれば、請求どおりの判決が出る可能性があります。
- 証拠調べ・和解・判決:必要なら証人尋問を行い、判決に至ります。途中で裁判所から和解の打診があることが多く、分割払いの和解で終わる例も少なくありません。
- 控訴:第一審判決に不服があれば、判決送達から2週間以内に控訴できます。
期間は、相手が欠席すれば1〜2か月程度で判決に至ることもあり、争えば半年から1年以上かかります。2026年5月21日からは訴状のオンライン提出(mints)が可能になり、弁護士等の訴訟代理人は電子申立てが義務づけられました。電子申立ては書面申立てより手数料が1,100円安く設定されています。
通常訴訟は「判決」だけがゴールではありません。相手が払える金額と時期を見極め、訴訟上の和解で執行力のある分割合意を取る方が、早く確実に回収できることが多いのが実情です。
費用の比較と、弁護士名義にする効果
裁判所に納める申立手数料は民事訴訟費用等に関する法律で定められ、2026年5月21日以降の申立てからは郵便費用相当額が手数料に一本化されました。裁判所の手数料額早見表(2026年9月15日改訂)から、請求額ごとの額を抜き出します。
| 請求額 | 訴えの提起(書面/電子) | 支払督促の申立て(書面/電子) |
|---|---|---|
| 10万円まで | 3,500円/2,400円 | 3,200円/3,000円 |
| 60万円 | 8,500円/7,400円 | 5,700円/5,500円 |
| 100万円 | 12,500円/11,400円 | 7,700円/7,500円 |
| 140万円 | 14,500円/13,400円 | 8,700円/8,500円 |
| 300万円 | 22,500円/21,400円 | 12,700円/12,500円 |
| 500万円 | 32,500円/31,400円 | 17,700円/17,500円 |
| 1,000万円 | 52,500円/51,400円 | 27,700円/27,500円 |
被告が2名以上なら1名増えるごとに2,000円が加算されます。内容証明は郵便料金のみで数千円程度、仮差押えや強制執行には別途の申立手数料が必要で、仮差押えでは担保金も求められます。
弁護士名義にすると何が変わるか
- 内容証明:弁護士名で「期限内に支払がなければ法的手続に移行する」と記すと、相手は「次は裁判所から書類が届く」と受け止めます。会社名義の督促を無視していた相手が動く例は多くあります。
- 手続の選択と期限管理:争いの有無・金額・資産の見通しから手続を選び、2週間・30日・6か月の期限を管理します。失効や時効を防ぐこと自体が回収額に直結します。
- 主張・和解・執行の一貫性:相手の反論を見越した訴状、和解条項の設計(期限の利益喪失・遅延損害金・連帯保証)、判決後の執行まで一貫して進めます。
- 費用対効果:弁護士費用は事前に見積もりを取り、回収見込みと比べて判断します。小口債権なら、会社自身が手続を行い、弁護士は書面の確認と期限管理だけを担う形も選べます。
よくある質問(FAQ)
内容証明を送らずに、いきなり支払督促や訴訟を起こしてもよいですか
支払督促と少額訴訟はどちらが有利ですか
支払督促に相手が異議を出したらどうなりますか
裁判所の手数料以外に、どんな費用がかかりますか
判決を取れば必ず回収できますか
売掛金の時効は何年ですか。内容証明で止まりますか
まとめ
- 手続は「相手が争うか」「請求額」「資産の有無」で選ぶ。争いがなければ支払督促、60万円以下で証拠がそろえば少額訴訟、反論がある・高額なら通常訴訟が基本です。
- 内容証明は催告として6か月の時効完成猶予を生みます(民法150条)。債権の特定・遅延損害金・回答期限・法的手続の予告を淡々と書き、脅し文句は入れない。
- 支払督促は「2週間・30日・2週間」の期限管理が命。30日以内に仮執行宣言を申し立てないと失効します(民事訴訟法392条)。
- 裁判所手数料は100万円の請求で訴訟12,500円・支払督促7,700円(書面申立て)。費用の大半は手数料ではなく、時間と証拠の準備です。
- 判決は入金の保証ではないため、相手の資産の把握と、執行力のある和解条項の設計まで含めて動く必要があります。
未払いが起きてから手続を選ぶより、契約書に合意管轄・遅延損害金・期限の利益喪失を入れ、期日超過の初動を決めておく方が、はるかに安く確実に回収できます。当事務所の顧問弁護士サービスでは、取引先ごとの回収方針の相談から内容証明の作成、支払督促・訴訟の対応まで継続的にサポートしています。「この相手にはどの手続が合うか」といった個別のご相談は、お問い合わせ(無料相談)からお気軽にご連絡ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
