「少人数だからハラスメント対策まで手が回らない」「厳しく指導しただけでパワハラと言われたら、どこで線を引けばいいのか」――経営者から、当事務所はこうした声を日々伺います。パワハラ防止措置は2022年4月から中小企業にも義務となっています。この記事では、パワハラ・セクハラ・マタハラの判断枠組み、防止措置の中身、相談窓口の設置、事実調査の進め方、怠ったときの安全配慮義務・使用者責任までを、どの会社でも実行できる形で整理します。
ハラスメント防止措置は規模を問わず全ての会社の義務
パワハラは労働施策総合推進法、セクハラと妊娠・出産に関するハラスメントは男女雇用機会均等法、育児・介護休業等に関するハラスメントは育児・介護休業法が、事業主に「雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と定めています。努力義務ではなく、従業員を1人でも雇っていれば適用される法的義務です。
注意したいのは、2026年10月1日施行の改正(令和7年法律第63号)で条文番号が変わった点です。「労働施策総合推進法30条の2」と呼ばれてきたパワハラ防止措置義務は現行法では31条となり、新設のカスハラ対策義務が33条に置かれました。均等法もセクハラは11条のままですが、求職者等へのセクハラ対策が13条に新設され、妊娠・出産等に関するハラスメントは旧11条の3から15条に移っています。就業規則や社内規程に旧条番号が残っていないか確認しておきましょう。
| 種類 | 根拠条文(2026年10月1日以降) | 中小企業への義務化 |
|---|---|---|
| パワーハラスメント | 労働施策総合推進法31条 | 2022年4月1日(大企業は2020年6月1日) |
| セクシュアルハラスメント | 男女雇用機会均等法11条 | 規模を問わず義務 |
| 求職者等に対するセクハラ | 男女雇用機会均等法13条 | 2026年10月1日から全事業主 |
| 妊娠・出産等に関するハラスメント | 男女雇用機会均等法15条 | 規模を問わず義務 |
| 育児・介護休業等に関するハラスメント | 育児・介護休業法25条 | 規模を問わず義務 |
| カスタマーハラスメント | 労働施策総合推進法33条 | 2026年10月1日から全事業主 |
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パワハラ・セクハラ・マタハラの判断枠組み ― 指導との線引き
パワハラは「3要素」をすべて満たすもの
労働施策総合推進法31条1項は、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」ものと定義します。厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)はこれを、①優越的な関係を背景とした言動、②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動、③就業環境が害されること、の3要素をすべて満たすものと整理しています。客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲の指示・指導は、パワハラに当たりません。
指針が示す6類型と、指導との境界
- 身体的な攻撃:殴る・物を投げる。
- 精神的な攻撃:人格否定、長時間の執拗な叱責、他の従業員の前での威圧的な叱責。再三注意しても改善しない従業員に一定程度強く注意することは指導の範囲です。
- 人間関係からの切り離し:長期間の別室隔離、集団での無視。
- 過大な要求:到底こなせない量を課して叱責する。繁忙期に通常より多い業務を任せることは該当しません。
- 過小な要求:嫌がらせ目的で仕事を与えない、管理職に単純作業だけをさせる。
- 個の侵害:職場外での監視、了解なく病歴や性的指向を暴露する。
セクハラとマタハラ
セクハラは、性的な言動への対応により労働条件上の不利益を受ける「対価型」と、性的な言動で就業環境が害される「環境型」に分かれます(均等法11条1項)。性別を問わず同性間も対象です。
妊娠・出産等に関するハラスメント(均等法15条)と育児休業等に関するハラスメント(育児・介護休業法25条)は、制度利用を妨げる言動と、妊娠・出産や制度利用を理由とする嫌がらせ的な言動が対象です。業務調整のため休業時期を確認すること自体は問題ありませんが、退職の示唆や不利益な配転と結び付けると、均等法9条3項の不利益取扱い禁止にも抵触します。
法律が求める防止措置の中身 ― 4分野10項目
条文は「雇用管理上必要な措置」としか書いておらず、具体的な中身は厚生労働省の指針が定めています。パワハラ・セクハラ・マタハラの指針は同じ骨格で、4分野10項目から成ります。一つでも欠けると「措置を講じていない」と評価されるため、チェックリストとして使ってください。
| 分野 | 指針が求める措置 | 中小企業での実務例 |
|---|---|---|
| ① 方針の明確化と周知・啓発 | ハラスメント禁止の方針を明確化し周知する | 社長名の方針文書を入社時と年1回の研修で説明し掲示 |
| 行為者に厳正に対処する方針と内容を就業規則等に定め周知する | 服務規律・懲戒事由に明記。就業規則がない会社は防止規程を全員に配付 | |
| ② 相談体制の整備 | 相談窓口を定め、労働者に周知する | 担当者の氏名・連絡先を文書で周知し、外部窓口を併設 |
| 窓口担当者が適切に対応できるようにする(該当するか微妙な相談も広く受ける) | 対応マニュアルと担当者研修 | |
| ③ 事後の迅速かつ適切な対応 | 事実関係を迅速かつ正確に確認する | 受付当日から調査を始め、記録を残す |
| 被害者への配慮措置 | 席・指示系統の変更、有給での休養 | |
| 行為者への措置 | 就業規則に基づく懲戒、配置転換 | |
| 再発防止措置(事実が確認できなかった場合も) | 方針の再周知、管理職研修 | |
| ④ 併せて講ずべき措置 | 相談者・行為者等のプライバシー保護とその周知 | 関係者に守秘を書面で求め、記録の閲覧権限を限定 |
| 相談や調査協力を理由とする不利益取扱いの禁止とその周知 | 規程に明記し研修で説明 |
中小企業で欠けやすいのは②の「窓口の周知」と③の「記録」です。口頭で「何かあれば自分に言って」と伝えているだけでは窓口を周知したとは評価されにくく、記録がなければ後に「適切に対応した」と示せません。
相談窓口の設置 ― 少人数の会社で機能する形
指針は窓口を社内に置くか外部に委託するかを問いません。少人数の会社では次の組み合わせが現実的です。
- 社内窓口は2名体制:できれば性別の異なる2名を指名します。1名だと、その人が行為者だったり相談者と近かったりしたときに機能しません。
- 外部窓口の併設:社長や幹部に関する相談は社内窓口には上がりません。顧問弁護士等を外部窓口として並列で周知すれば、最も対応が難しい「社長本人の言動」にも受け皿ができます。
- 1枚の周知文書:担当者・連絡先・受付方法・秘密が守られること・不利益な取扱いをしないことをまとめ、入社時に交付し常時掲示します。
- 受付範囲を広く:パワハラ・セクハラ・マタハラ・カスハラを一つの窓口で受け、該当するか微妙な相談や第三者からの通報も受け付ける旨を明記します。
担当者の役割は、相談を正確に聴き取って記録し、調査の要否を判断する責任者に速やかにつなぐことです。初回に「あなたの受け止め方の問題では」と評価を口にするのは二次被害の典型です。
相談が来たときの事実調査の進め方
対応を誤ると、被害者からは「放置された」、行為者からは「一方的に処分された」と双方から責任を問われます。調査は次の順序で進めます。
| 段階 | やること | 注意点 |
|---|---|---|
| 1. 受付・初動 | 内容を記録し、相談者の意向(調査を望むか、行為者に伝えてよいか)を確認。必要なら席の分離等の暫定措置 | 同意なく行為者に伝えない。重大事案は相談者の希望にかかわらず調査する |
| 2. 調査体制 | 双方と利害関係のない調査担当者を指名 | 社長が行為者なら弁護士等の外部に委ねる |
| 3. 客観資料の収集 | メール・チャット・勤怠記録・録音・日報 | 聴き取りの前に集め、削除を防ぐ保全を指示 |
| 4. 聴き取り | 相談者→第三者→行為者の順に個別・2名体制で行い記録を作成 | 行為者には具体的な指摘事実を示し弁明の機会を与える |
| 5. 事実認定 | 供述と客観資料を照らし、事実ごとに「認められる」「認められない」「判断できない」に分ける | 「どちらが正しいか」ではなく個別の事実で認定する |
| 6. 評価と措置 | 3要素・指針に当てて該当性を評価し、被害者への配慮と行為者への措置を決定 | 懲戒は就業規則の根拠と相当性が必要(労働契約法15条) |
| 7. 説明と再発防止 | 双方に結果と措置を説明し、方針の再周知・研修を実施 | 事実が確認できなくても結論と理由を説明し、再発防止措置は行う |
調査期間に法律上の定めはありませんが、当事務所では受付から1〜2週間程度で初回の聴き取りを終え、1か月程度を目安に結論を出すことをお勧めしています。
行為者への処分は「厳しく」と「適正に」のバランスが問われます。セクハラ行為を理由とする出勤停止・降格を有効とした最高裁判決(平成27年2月26日)は、禁止方針が周知され行為が悪質であれば重い処分が許されることを示しましたが、就業規則に根拠のない処分や同種事案に比べて著しく重い処分は、懲戒権の濫用として無効になります(労働契約法15条)。
調査は「客観資料→相談者→第三者→行為者」の順で、2名体制・記録付きで行い、事実ごとに認定します。懲戒は就業規則の根拠と過去事案との均衡を確認してから行います。
対応を怠った会社が負う責任 ― 安全配慮義務・使用者責任・公表
行政上の責任 ― 勧告と企業名公表
措置義務違反に直ちに罰金が科されるわけではありません。しかし厚生労働大臣(実務上は都道府県労働局)は事業主に報告を求め、助言・指導・勧告を行うことができ、勧告に従わない場合はその旨を公表できます(労働施策総合推進法42条2項)。従業員が労働局に相談すれば、会社に窓口の設置状況や調査記録の確認が入ります。
民事上の責任 ― 安全配慮義務と使用者責任
より重いのは民事責任です。会社は労働契約に伴い、「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」義務を負います(労働契約法5条)。相談を受けたのに放置した、調査せず「仲良くやってくれ」で済ませた、という対応は安全配慮義務違反として会社自身の損害賠償責任(民法415条)を生じさせます。さらに、従業員が業務に関連して行ったハラスメントについては、行為者本人の不法行為責任(民法709条)とは別に、会社が使用者責任(民法715条)を負い、「社長は知らなかった」では免責されません。被害者がうつ病等を発症すれば、治療費・休業損害・慰謝料に加えて逸失利益が問題となり、賠償額は膨らみます。
裏返せば、方針の周知・窓口の設置・迅速な調査・適切な措置を記録とともに積み重ねていれば、「講ずべき措置は尽くした」と主張する土台になります。防止措置は、訴訟で会社を守る証拠でもあるのです。
よくある質問(FAQ)
従業員5人の会社でもハラスメント防止措置は義務ですか?
就業規則がない会社は、ハラスメント防止の方針をどこに定めればよいですか?
相談者が「行為者には言わないでほしい」と言った場合、調査はできないのですか?
調査の結果、ハラスメントと認定できなかった場合はどうすればよいですか?
厳しく指導しただけで「パワハラだ」と言われました。どう対応すべきですか?
業務委託のフリーランスからハラスメントの相談を受けました。対応義務はありますか?
まとめ
- ハラスメント防止措置は従業員1人の会社でも法的義務で、2026年10月の改正でパワハラは労働施策総合推進法31条、マタハラは均等法15条になりました。
- パワハラは「優越的な関係」「業務上必要かつ相当な範囲を超える」「就業環境が害される」の3要素で判断し、適正な指導は含まれません。
- 指針が求める措置は4分野10項目で、一つでも欠けると措置義務違反と評価されます。
- 相談窓口は担当者を決めて文書で周知し、社長や幹部の事案に備えて外部窓口を併設します。
- 調査は客観資料→相談者→第三者→行為者の順に記録を残して行い、放置すれば安全配慮義務違反(労働契約法5条)と使用者責任(民法715条)を問われます。
ハラスメント対策は規程を1枚作れば終わりではなく、相談が来たときに誰がどう動くかまで決めてあることが大切です。当事務所の顧問弁護士サービスでは、防止規程と相談窓口文書の整備、外部相談窓口としての対応、調査設計や処分の相当性の確認まで、企業法務専門の弁護士チームがチャット・オンラインで全国の企業をサポートしています。「今の体制で足りているか」を確認したい段階でも、お問い合わせ(無料相談)からお気軽にご相談ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
