商談の前に「まずNDAを」と言われ、相手のひな形にそのまま押印していないでしょうか。秘密保持契約(NDA)とライセンス契約は、企業が頻繁に目にする一方、後から「そんなつもりではなかった」が起きやすい契約です。この記事では、NDAのチェックポイント(秘密情報の定義・例外・有効期間・違反時の救済)と、ライセンス契約の注意点(許諾の範囲・対価・改良発明の帰属)を、不正競争防止法・特許法・民法の条文と公正取引委員会の指針を踏まえて整理します。
NDAとライセンス契約が問題になる場面
NDAは「形式的なもの」と扱われがちですが、次のような場面で効いてきます。
- 提案資料のノウハウや価格構成を、相手が別の業者への発注に使った。
- 共同開発の相手が、受け取った図面を基に類似品を出した。
- 相手のひな形が自社だけに義務を課す片務型で、自社の情報は守られていなかった。
ライセンス契約は、特許・商標・著作物・ノウハウなどを他社に使わせる契約です。自社の技術を大手に使わせる場合も、他社のブランドを借りる場合も、「どこまで使ってよいか」「いくら払うか」「改良したものは誰のものか」が曖昧だと、取引が軌道に乗ったときにこそ争いになります。
NDAの核心1:秘密情報の定義と除外事由
最初に見るべき条項は「秘密情報」の定義です。守られる情報の範囲がここで決まります。
定義の方式は3つ
- 包括型:「本契約に関連して開示された一切の情報」。開示側に有利に見えますが、何が秘密か特定できず、違反の立証が難しくなります。
- 指定型:「秘密」と表示した書面や、口頭開示なら一定期間内に書面で特定したものに限る方式。受領側に有利ですが、表示を忘れた情報は保護されません。
- 折衷型:原則は指定型としつつ、開示の態様から秘密と合理的に判断できる情報も含める方式。実務で多い形です。
情報を出す側なら折衷型とし、口頭やデモで示した情報を書面で事後指定できる期間(30日程度)を確保します。受け取る側なら指定型に近づけます。
除外事由(例外)は必ず確認する
一般に、受領時に公知であった情報や受領後に自己の責めによらず公知となった情報、受領前から正当に保有していた情報、正当な権限を持つ第三者から義務を負わずに取得した情報、独自に開発した情報は、秘密情報から除かれます。相手のひな形にこの除外がない、または「開示者が書面で認めた場合に限る」と狭められていると、受領側は元々持っていた知識まで使えなくなるおそれがあります。逆に開示側は「独自開発」を主張されやすいので、開示した情報の記録(日付・内容・相手)を残す運用が重要です。
NDAの核心2:有効期間・返還廃棄・違反時の救済
次に見るのは、義務がいつまで続くか、情報を手元に残させないようにできるか、破られたときに何ができるかです。
| 確認項目 | 見落としやすい文言の例 | 修正・設計の方向性 |
|---|---|---|
| 義務の主体 | 「乙は……を秘密として保持する」(片務型) | 双方向の義務にする。自社が開示側になる場面がないかを確認 |
| 目的外使用の禁止 | 秘密保持のみで使用制限がない | 「本件検討の目的に限り使用できる」と明記。開示禁止と使用禁止は別の義務 |
| 第三者開示の範囲 | 「必要な範囲で関係者に開示できる」 | 役職員・弁護士等の専門家・再委託先に限定し、同等の義務を課す |
| 有効期間 | 「本契約は1年間有効」のみで存続条項がない | 終了後も義務が存続する期間(2〜5年程度)を定める。技術情報は長めまたは無期限も検討 |
| 返還・廃棄 | 定めがない | 終了時または請求時に返還か廃棄し、求めがあれば廃棄証明書を提出 |
| 違反時の救済 | 「損害を賠償する」のみ | 差止請求権を明記。違約金(民法420条)の設定を検討 |
| 知財の帰属 | 「開示情報に基づく発明は甲に帰属」 | NDAは開示段階の契約。権利の帰属は含めないか協議事項にする |
「契約期間」と「存続期間」を分ける
契約期間しか書かれていなければ、終了と同時に義務が消える読み方をされかねません。存続期間は、営業情報なら終了後2〜3年、設計情報・製法などの技術情報なら5年以上または無期限とする例が多く、情報の寿命に合わせて決めます。
救済は「差止」と「金銭」の両方を用意する
漏えいで実際に困るのは、賠償より「使うのをやめさせること」です。差止請求ができる旨を明記しておくと、交渉段階で止める根拠になります。損害賠償は民法415条に基づき請求できますが、損害額の立証は難しいのが実情です。民法420条は損害賠償額を予定できると定め、違約金は賠償額の予定と推定されます(同条3項)。ただし取引規模に比べて過大な額は相手が受け入れないか、後に効力が争われる余地が出ます。
有効期間は「契約期間」と「存続期間」を分けて書き、救済は差止の明記と違約金で立証の負担を軽くします。NDAに知的財産の帰属まで書かせる相手には注意が必要です。
NDAと不正競争防止法の「営業秘密」の関係
自社の重要な情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に当たれば、契約相手以外にも法律上の保護が及びます。営業秘密とは、秘密として管理されている、事業活動に有用な技術上または営業上の情報で、公然と知られていないものです(不正競争防止法2条6項)。「秘密管理性」を満たすには、その情報が秘密であると従業員や取引先に認識できる形で管理されている必要があり、NDAの締結と「秘密」表示は、取引先との関係で秘密管理の意思を示す重要な手段です。
営業秘密を示された者が、不正の利益を得る目的や保有者に損害を加える目的でこれを使用・開示する行為は不正競争に当たり(同法2条1項7号)、その事情を知って、または重大な過失で知らずに取得・使用した第三者にも規制が及びます(同項8号・9号)。保有者は差止と侵害品の廃棄等(同法3条)、損害賠償(同法4条)を請求でき、損害額の推定規定(同法5条)もあります。差止請求権は、継続する使用行為について、事実と行為者を知った時から3年、行為開始から20年で時効消滅します(同法15条1項)。刑事罰は10年以下の拘禁刑もしくは2,000万円以下の罰金またはその併科、法人には5億円以下の罰金です(同法21条・22条)。
逆に、NDAも秘密表示もないまま渡した情報は「秘密として管理されていた」と認められにくく、法律上の保護を受けられないおそれがあります。
ライセンス契約の核心1:許諾の範囲と対価
ライセンス契約では、まず「何を・誰が・どこで・いつまで・どのように」使えるかを特定します。
許諾の種類と登録
特許の場合、特許権者は専用実施権を設定するか(特許法77条)、通常実施権を許諾するか(同法78条)を選びます。専用実施権者は設定範囲内で発明を独占的に実施でき、特許権者自身も実施できなくなるのが原則で、設定は登録しなければ効力を生じません(同法98条1項2号)。通常実施権は登録なしで成立し、その後に特許権や専用実施権を取得した者にも効力を有します(同法99条)。実務では、通常実施権に「他には許諾しない」との約束を付けた独占的通常実施権がよく使われます。
特許が共有の場合、各共有者は他の共有者の同意がなければ専用実施権の設定も通常実施権の許諾もできません(同法73条3項)。共同開発の成果を共有にしたまま一方が勝手にライセンスすることはできない点は、共同開発契約の段階で意識しておく必要があります。
範囲を特定する項目
| 項目 | 決めること | 曖昧だと起きること |
|---|---|---|
| 対象 | 特許番号・商標登録番号・著作物・ノウハウの特定、関連出願を含むか | どの技術まで使えるかで争いになる |
| 独占・非独占 | 独占なら許諾者自身の実施可否、最低ロイヤルティ、独占の解除条件 | 売れないのに他社に出せない状態が固定される |
| 地域・分野 | 国・地域、製品分野、販路(BtoB/BtoC、EC可否) | 想定外の市場で競合する |
| 期間・更新 | 期間、自動更新、権利消滅時の扱い | 権利消滅後も対価請求が続く |
| サブライセンス・再委託 | 再許諾の可否、製造委託先での実施の扱い | 委託製造が契約違反と指摘される |
| 品質・表示 | 商標なら品質基準、表示方法、承認手続 | ブランド価値の低下、使用態様の争い |
対価の方式と監査
対価は、一時金、売上や数量に応じたランニング・ロイヤルティ、両者の併用、最低保証額付きが一般的です。ランニングにする場合は、算定基礎(純売上高か、値引・返品を控除するか)、報告の頻度、帳簿の保存と監査権、不足が判明した場合の遅延損害金と監査費用の負担まで書き込みます。
許諾者側では解除条項も重要です。民法上、催告して相当期間内に履行がなければ解除できますが、不履行が軽微なときは解除できません(民法541条)。不払いが一定期間続いた場合や範囲外使用の場合に無催告で解除できる旨を定めておくと、権利を取り戻す手順が明確になります。
ライセンス契約の核心2:改良発明の帰属と独占禁止法
ライセンシーの側で生まれた改良発明を誰のものにするかは、技術系ライセンスで最も揉めやすい条項です。
選択肢は「ライセンシー帰属」「共有」「許諾者帰属」
原則として、発明はそれを行った者(従業者発明なら職務発明規程に従い会社)に帰属します。契約で何も定めなければ、ライセンシーが行った改良はライセンシーのものです。許諾者側は「改良はすべて当社に譲渡」「当社に独占的にライセンスバック」と書きたくなりますが、ここに独占禁止法上の制約があります。
公正取引委員会の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(最終改正平成28年1月21日)は、ライセンシーが開発した改良技術について、権利を許諾者に帰属させる義務や許諾者に独占的なライセンスをする義務を課すことは、原則として不公正な取引方法に該当するとしています。改良技術を共有にする義務も、公正競争を阻害する場合は問題となります。一方、許諾技術なしには利用できない改良技術を相応の対価で譲渡させる義務や、許諾者に非独占的にライセンスする義務(非独占的グラントバック)は、一般に問題とされていません。
同じ指針は、権利の有効性を争わない義務(不争義務)、ライセンシーの研究開発を制限する行為、権利消滅後の利用制限やライセンス料請求についても、公正競争を阻害する場合に問題となる旨を示しています。許諾者側のひな形にこれらが入っていたら、指針を根拠に修正を求めることができます。
中小企業の実務的な落としどころ
- 改良発明はライセンシーに帰属させ、許諾者には非独占・無償または相応の対価での実施権を与える。
- 許諾技術と切り離せない改良は、相応の対価で許諾者に譲渡または共有とする選択肢を残す。
- 共有にする場合は、特許法73条により持分譲渡・ライセンスに相手の同意が要ることを前提に、自己実施の範囲と第三者許諾の手続を契約で定める。
改良発明の全面的な譲渡義務や独占的ライセンスバックは、公取委の指針上、原則として不公正な取引方法とされています。非独占のグラントバックと、共有時の特許法73条のルールを踏まえた設計が落としどころです。
よくある質問(FAQ)
NDAの有効期間はどのくらいにすればよいですか?
NDAに違約金を定めるのは一般的ですか?
相手のNDAひな形が自社だけに義務を課す片務型でした。そのまま結んでよいですか?
NDAを結んでいれば、営業秘密として法律で守られますか?
通常実施権と専用実施権はどちらを選ぶべきですか?
ライセンス契約で「改良技術はすべて許諾者に譲渡する」と求められました。応じる必要はありますか?
まとめ
- NDAは「秘密情報の定義と除外事由」「目的外使用の禁止」「存続期間」「返還廃棄」「差止と違約金」の5点を確認し、片務型と知財帰属条項の混入に注意します。
- NDAの締結と秘密表示は、不正競争防止法2条6項の営業秘密の秘密管理性を支える手段でもあります。
- ライセンス契約は、通常実施権か専用実施権か、独占・地域・期間・サブライセンスの範囲、ロイヤルティの算定基礎と監査権を特定します。
- 改良発明の全面譲渡義務や独占的ライセンスバックは公取委の指針上原則として問題とされ、非独占のグラントバックが落としどころです。
- 共有特許は特許法73条により持分譲渡・ライセンスに他の共有者の同意が必要です。
NDAもライセンス契約も、相手のひな形を読み解き、自社の立場に合わせて修正を申し入れる作業が要です。当事務所は、弁理士資格を持つ弁護士を含む企業法務専門のチームで、東京のオフィスからチャットやオンラインで全国の企業の契約書確認に対応しています。契約書を日常的に相談できる体制を整えたい経営者の方は顧問弁護士サービスを、まず目の前のNDAやライセンス契約について相談したい方はお問い合わせ(無料相談)からご連絡ください。
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