「社名や商品名は、長く使っていれば自分のものになる」と考えている経営者は少なくありません。しかし商標の世界では、先に使った会社ではなく、先に出願した会社が権利を取ります。商標登録をしないまま事業を続けると、ある日突然、他社から名称の使用中止を求められることがあります。この記事では、商標登録しないリスク、先取りされたときの対処、出願・審査の流れと費用の目安、更新と侵害対応まで、経営者が押さえておくべき実務を条文に基づいて整理します。
商標は「使った人」ではなく「出願した人」のもの
商標とは、自社の商品やサービスを他社のものと区別するための文字・図形・ロゴなどの標識です。社名、商品名、店名、ロゴマークは、いずれも登録の対象になります。
商標法の基本原則は「先願主義」です。同一・類似の商標の出願が複数あった場合、最も先に出願した者だけが登録を受けられます(商標法8条1項)。先に使い始めていたかどうかは、原則として問われません。登録を受けた商標権者は、指定した商品・サービスについてその商標を独占的に使用できます(同法25条)。
登録していない商標は、どこまで守られるのか
未登録の名称にも一定の保護はあります。不正競争防止法は、需要者の間に広く知られた表示と混同を生じさせる行為(同法2条1項1号)や著名な表示を無断で使う行為(同項2号)を不正競争とし、差止(3条)と損害賠償(4条)の対象にしています。また、他人の出願前から不正競争の目的なく使用し、出願時点で需要者に広く認識されていた商標は、登録後も使い続けられる「先使用権」が認められます(商標法32条1項)。
しかし、いずれも「広く知られている」という周知性の要件があり、中小企業がこれを立証するのは容易ではありません。売上資料・広告実績など多くの証拠を集めても、認められる保証はないのです。
商標権は出願の早い者が取ります。未登録でも不正競争防止法や先使用権の保護はありますが、周知性の立証が前提です。商標登録は、この立証負担を数万円で解消する手段と考えると分かりやすいでしょう。
商標登録しないまま事業を続ける4つのリスク
1. 他社に先に登録され、自社が使えなくなる
最も深刻なリスクです。第三者が自社の名称を登録すると、同一・類似の商標を同一・類似の商品・サービスに使う行為は侵害とみなされ(商標法37条1号)、差止請求(36条)の対象になります。先使用権を主張できなければ、看板・パッケージ・Webサイト・名刺のすべてを作り直す改名コストを負うことになります。
2. 模倣品・便乗業者を止めにくい
登録商標があれば、登録証を示して使用中止を求めたり、ECモールの権利侵害申告を利用して出品を止めたりしやすくなります。登録がないと周知性の立証から始めなければならず、初動が遅れます。
3. 自社の使用が、知らないうちに他社の権利を侵害している
出願前の調査をしていないと、自社の名称が既存の登録商標と類似していることに気付かないまま事業を続けてしまうことがあります。侵害は故意でなくても差止の対象になります。
4. 事業承継・M&A・ライセンスで価値を示せない
事業の売却、フランチャイズ展開、他社への使用許諾の場面では、ブランドが登録商標として権利化されているかが確認されます。登録がなければ「いつ使えなくなるか分からない名称」であり、評価の対象になりにくいのです。
社名・商品名を先取りされたときの対処
自社の名称が他社に出願・登録されていることを知ったら、まずJ-PlatPat(特許情報プラットフォーム)で相手の出願・登録の状況、指定商品・役務、出願日を確認してください。取りうる手段は段階によって異なります。
| 段階 | 取りうる手段 | 期限・根拠条文 |
|---|---|---|
| 相手が出願中 | 特許庁への情報提供。自社の使用実績を示す資料が有効 | 審査終了まで随時 |
| 相手の登録直後 | 登録異議の申立て(誰でも可能) | 商標掲載公報の発行日から2か月以内(商標法43条の2) |
| 登録から時間が経過 | 無効審判。自社の周知商標との抵触(4条1項10号)、不正の目的(同項19号)などを理由とする | 無効理由によっては設定登録から5年の除斥期間あり(47条)。不正競争の目的がある場合などは対象外 |
| 相手が使っていない | 不使用取消審判で登録を取り消し、自社が出願し直す | 継続して3年以上、日本国内で不使用(50条1項) |
| いずれも難しい | 先使用権(32条)の主張、譲渡・ライセンス・併存の交渉、または名称変更 | 先使用権は出願時点での周知性が要件 |
注意したいのは、「悪意の先取り」でも自動的に登録が無効になるわけではないことです。無効審判では、自社の商標が出願時点で周知であったこと、または相手に不正の目的があったことを証拠で立証する必要があります。日付の分かる広告物、取引先との契約書、SNS投稿、メディア掲載などを日頃から保存しておくことが、いざというときの武器になります。
先取りへの対抗手段は、審査中の情報提供、公報発行から2か月以内の異議申立て、無効審判、不使用取消審判と段階的に用意されています。期限の短いものがあるため、気付いた時点で早めに弁護士・弁理士に相談してください。
調査・出願・審査の流れと費用の目安
商標登録は特許と比べて手続がシンプルで、中小企業でも十分に取り組める制度です。
| ステップ | 内容 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| 1. 事前調査 | J-PlatPatで同一・類似の先行商標を検索 | 読み方(称呼)・外観・観念の3要素で類似を判断。読みが似ている登録があれば要注意 |
| 2. 区分の決定 | 45区分から使用する商品・サービスの区分を選ぶ | 数年内に展開予定の商品・サービスも含めて検討。区分数に応じて費用が増える |
| 3. 出願 | 特許庁に願書を提出 | 出願日が先願主義の基準日。新社名・新商品の公表前に出願する |
| 4. 審査 | 登録要件(3条)・不登録事由(4条)を審査 | 問題があれば拒絶理由通知(15条の2)。意見書・補正書で対応できることが多い |
| 5. 登録料納付 | 登録査定の謄本送達から30日以内に納付(41条1項) | 納付を忘れると登録されない |
| 6. 設定登録 | 納付により商標権が発生(18条2項)、公報発行 | 公報発行から2か月間は第三者の異議申立て期間 |
審査期間は出願内容や時期によって変動しますが、出願から登録まで数か月から1年程度を見込んでおくと事業計画と整合させやすくなります。拒絶査定を受けた場合は、謄本送達から3か月以内に拒絶査定不服審判を請求できます(44条1項)。
特許庁に納める費用(2026年11月時点・e-Gov法令検索で確認)
| 項目 | 金額 | 根拠 |
|---|---|---|
| 出願料 | 1件3,400円+1区分につき8,600円 | 特許法等関係手数料令4条 |
| 登録料(10年分一括) | 1区分につき32,900円 | 商標法40条1項・商標法施行令4条 |
| 登録料(5年ごと分割納付) | 1区分につき17,200円を前期・後期の2回 | 商標法41条の2・施行令5条 |
| 更新登録料(10年分一括) | 1区分につき43,600円 | 商標法40条2項・施行令4条 |
| 更新登録料(分割納付) | 1区分につき22,800円を2回 | 商標法41条の2・施行令5条 |
| 審判の請求(拒絶査定不服・無効・取消) | 1件15,000円+1区分につき40,000円 | 特許法等関係手数料令4条 |
1区分で出願し10年分を一括納付した場合、特許庁費用の合計は4万4,900円です。弁理士に依頼する場合の報酬は別途かかります。分割納付は後期分の納付を忘れると権利が消滅するため、5年後の期限管理ができるかを基準に選んでください。
1区分・10年で特許庁費用は4万4,900円。改名コストや紛争コストと比べれば、商標登録は安価な保険です。出願日が基準日になるため、新社名・新商品の公表前に出願を済ませることが実務の鉄則です。
登録後の管理|更新・不使用・使い方のルール
商標権の存続期間は設定登録の日から10年で、更新登録の申請により何度でも更新できます(商標法19条1項・2項)。申請は存続期間満了前6か月から満了日までに行います(20条2項)。期間を過ぎても一定期間内なら申請できますが、それも逃すと権利は満了時にさかのぼって消滅します。更新期限は社内で管理し、顧問弁護士との年次確認項目に組み込んでおくことをお勧めします。
「登録したのに使っていない」は取消の対象
登録商標を継続して3年以上、日本国内で使用していないと、誰でも不使用取消審判を請求できます(50条1項)。将来のために広めに区分を取った場合、使っていない区分は取り消されるリスクがあります。逆に、競合が希望の名称を登録したまま放置しているなら、自社からこの審判を活用する余地もあります。
登録商標と実際の表示をそろえる
登録したのは文字商標なのに、実際には大きくデザインを変えたロゴしか使っていない、といったずれがあると、不使用と判断されるおそれや権利範囲を主張しにくくなる問題が生じます。ロゴ刷新や社名変更の際は追加出願の要否を確認してください。他社に名称の使用を許す場合は、使用範囲・期間・品質管理・対価を定めたライセンス契約を書面で結ぶことが大切です。
侵害されたとき・侵害を指摘されたときの対応
自社の商標を侵害された場合
商標権者は、侵害する者または侵害のおそれがある者に対して侵害の停止・予防を請求でき(商標法36条1項)、侵害品の廃棄も求められます(同条2項)。損害賠償では、侵害者の利益額を損害額と推定する規定や、使用料相当額を請求できる規定があり(38条2項・3項)、立証負担が軽減されています。商標権侵害は刑事罰の対象でもあり、侵害者には10年以下の拘禁刑または1,000万円以下の罰金(78条)、法人には3億円以下の罰金(82条1項1号)が定められています。
実務では、まず相手の使用態様を証拠化(Webサイトの保存、商品の購入、日付入り写真)し、登録商標の範囲と相手の使用が同一・類似に当たるかを整理したうえで警告書を送るのが一般的です。多くは交渉で解決しますが、応じない場合は仮処分や訴訟を検討します。
他社から侵害を指摘された場合
警告書が届いても、慌てて使用を止める前に確認すべき点があります。相手の登録商標の指定商品・役務と自社の事業が本当に同一・類似か、相手の登録に無効理由や不使用取消の余地がないか、自社に先使用権(32条)が成立しないか、自己の名称を普通の方法で表示しているだけで商標権の効力が及ばない場合(26条1項1号)に当たらないか、です。これらを検討したうえで、使用継続・交渉・名称変更のいずれが合理的かを判断します。回答期限が短いことが多いため、受領後すぐに弁護士に相談してください。
よくある質問(FAQ)
会社名を法務局で登記していれば、商標登録は不要ですか?
商標登録の費用はいくらかかりますか?
出願から登録までどのくらいの期間がかかりますか?
長年使ってきた社名を他社が商標登録してしまいました。もう使えないのでしょうか?
どの区分で出願すべきか分かりません。
まとめ
- 商標は先に使った者ではなく先に出願した者のもの(商標法8条1項)。未登録名称を守る不正競争防止法や先使用権には周知性の立証が必要で、中小企業にはハードルが高い。
- 登録しないリスクは、先取りによる改名、模倣への初動の遅れ、知らないうちの侵害、事業承継・M&Aでの評価低下の4つ。
- 先取りされたときは、審査中の情報提供、公報発行から2か月以内の異議申立て、無効審判、3年不使用の取消審判と段階的に手段がある。
- 1区分・10年で特許庁費用は4万4,900円。新社名・新商品の公表前に出願し、更新(10年・満了前6か月から)と不使用(3年)の管理を社内に組み込む。
当事務所には弁理士資格を持つ弁護士が在籍しており、商標調査・出願から警告書への対応、ライセンス契約や事業承継時のブランド整理まで、法務と知財を一体で支援しています。「うちの社名、登録していなかった」と気付いた今が見直しの好機です。継続的にブランドと契約を守りたい経営者には 顧問弁護士サービス を、まず現状を確認したい方には お問い合わせ(無料相談) をご利用ください。チャット・オンラインで全国から対応しています。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
