「初めて外部の投資家から出資を受けることになり、投資契約書と株主間契約書の案が届いた。どこを直すべきか分からない」。当事務所がよくうかがう声です。投資契約・株主間契約は、お金を受け取る条件を決める書面であると同時に、出資後の会社の意思決定と創業者自身の株式の行き先を縛る書面でもあります。この記事では、投資家が株主として入ってくる場面に絞り、表明保証・優先株式・希薄化防止・取締役指名・ドラッグアロング・創業者株式の取扱いについて、投資家側の狙いと創業者が確認すべき点を整理します。
投資契約・株主間契約・定款 ― 3つの書面の役割
ベンチャーキャピタルや事業会社から出資を受けるとき、創業者の手元には通常3種類の書面が届きます。3つを突き合わせて読むことが出発点です。
- 投資契約書。出資を実行する条件を定めます。払込みの前提条件、会社と経営株主の表明保証、違反時の効果(損害補償・株式の買取請求)が中心で、創業者個人(経営株主)も当事者になるのが通常です。
- 株主間契約書。出資後の運営ルールを定めます。取締役の指名、投資家の事前承諾事項、情報提供、譲渡制限、Exit時の条項、創業者株式の取扱いが並びます。
- 定款(種類株式の内容)。優先株式の内容は定款で定めなければなりません(会社法108条2項)。契約書に書いてあっても、定款と登記に反映されていなければ会社法上の効力は生じません。
株式に譲渡制限のある会社では、募集株式の発行は株主総会の特別決議で決めるのが原則で(会社法199条2項・309条2項5号)、種類株式を追加する定款変更も特別決議です(同309条2項11号)。評価の物差しとしては、経済産業省の「スタートアップ投資契約ガイドライン(我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項)」が参考になります。平成30年に策定、令和4年に改訂、令和7年9月に増補版がまとめられ、契約当事者が留意すべき事項を解説しています。
| 条項 | 投資家側の狙い | 創業者が確認すべき点 |
|---|---|---|
| 表明保証・買戻し | 開示情報の正確性の担保、違反時の投資回収 | 経営株主個人の買戻義務の有無、発動要件、上限と期間 |
| 残余財産の優先分配 | 低い金額で売却された場合でも投資額を先に回収 | 倍率、参加型か非参加型か、M&A時のみなし清算 |
| 希薄化防止 | ダウンラウンド時の持株価値の維持 | フルラチェットか加重平均か、適用除外の範囲 |
| 取締役指名・事前承諾事項 | 経営の監督と重要事項への関与 | 日常業務が含まれていないか、金額基準、みなし承諾 |
| ドラッグアロング | 一定条件で会社全体を売却できるようにする | 発動要件(誰が・いつから・いくら以上で) |
| タグアロング・先買権 | 創業者だけが抜ける事態の防止 | 創業者にも相互に認められているか |
| 創業者株式の買取・ベスティング | 創業者の途中離脱リスクへの備え | バッドリーバーの定義、買取価格、未確定分の範囲 |
経済条件(優先分配・希薄化防止)、経営条件(指名権・事前承諾)、出口条件(ドラッグアロング・創業者株式)の3つに分け、譲れない点に優先順位を付けてから交渉に入るのが現実的です。
表明保証と買戻し ― 経営株主個人の責任をどう限定するか
表明保証とは、会社と経営株主が「財務諸表は正確である」「法令違反はない」「知的財産権は会社に帰属している」といった事実を投資家に保証する条項です。保証が誤っていた場合、投資家は損害の補償や、契約の解除・株式の買取りを求めることができます。
創業者が注意すべきなのは、この効果が経営株主個人に及ぶ場合です。会社の表明保証に誤りがあったとき、投資家の株式を創業者個人が投資額で買い取る義務(買戻義務)を負う条項が入っていることがあります。出資金は会社に入っているのに、個人で数千万円単位の買取義務を負う構造です。
- 保証の範囲を限定する。「知る限りにおいて」「重要な点において」という限定を付け、把握していない事実まで保証しない形にします。
- 例外を開示資料に書き出す。未払残業代の可能性や取引先との係争などは別紙で開示し、保証の例外にします。開示した事実は違反になりません。
- 個人の買戻義務は故意・重大な違反に限定し、請求期間と上限を設ける。過失のない違反で個人が投資額を返す構造は見直しを求めます。
表明保証は「正直に開示したことは守られる」仕組みです。知っている問題を事前に書き出すことが、創業者個人の責任を限定する最も確実な方法です。
優先株式の設計 ― 残余財産の優先分配と希薄化防止(会社法108条)
会社法108条1項は、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権、譲渡制限、取得請求権、取得条項、全部取得条項、種類株主総会の決議を要する事項(拒否権)、取締役・監査役の選任について、内容の異なる種類の株式を発行できると定めています。投資家が取得する優先株式は、この組み合わせです。
残余財産の優先分配
会社を清算したときに、投資家が出資額(またはその倍率)を他の株主より先に受け取る権利です。実務では、M&Aで売却された場合にも同じ順番で代金を分ける「みなし清算条項」を株主間契約で定めることが多く、こちらの影響の方が現実には大きくなります。
投資家が1億円を出資して20%を取得し、その後会社が2億円で売却されたとします。優先分配1倍の「参加型」なら、投資家は先に1億円を受け取り、残り1億円を持株比率で分けるため合計1億2,000万円、80%を持つ創業者側は8,000万円です。「非参加型」なら、投資家は優先分配の1億円か、普通株式に転換した場合の4,000万円かの大きい方(1億円)を受け取り、創業者側は1億円です。
希薄化防止条項
次回の調達が前回より低い株価(ダウンラウンド)になった場合に、優先株式から普通株式への転換比率を調整し、投資家の持株価値の低下を防ぐ条項です。前回株価を新株価まで一気に引き下げる「フルラチェット」と、発行株数を加味して調整する「加重平均」があり、創業者には加重平均の方が影響が小さくなります。ストックオプション用の発行などを除く「適用除外」の明記も確認します。
なお、種類株式を発行している会社では、譲渡制限のある種類の株式を募集するとき、定款で排除していなければ種類株主総会の決議が必要です(会社法199条4項)。定款変更や合併など、ある種類の株主に損害を及ぼすおそれのある行為も同様です(同322条1項)。この要否は定款で設計し、株主間契約の事前承諾事項と役割分担を整理します。
優先分配の倍率と参加型・非参加型の違いは、同じ売却額でも創業者の手取りを大きく変えます。想定するExit額をいくつか置いて、実際の分配額を計算してから判断してください。
取締役指名権・事前承諾事項 ― 経営の自由度をどこまで渡すか
出資比率が3分の1未満であれば会社法上の特別決議を単独で阻止することはできませんが、契約でそれ以上の権限を与えることは可能であり、ここが創業者の経営の自由度を左右します。
取締役指名権とオブザーバー
投資家が取締役を1名指名する権利です。議決権を持たずに取締役会へ出席し意見を述べる「オブザーバー」で足りないかは交渉の対象です。
事前承諾事項
定款変更、新株・新株予約権の発行、重要な資産の譲渡、一定額を超える借入、役員報酬、子会社の設立、事業計画の重要な変更などについて、投資家の事前の書面承諾を要求する条項です。会社法上の拒否権付種類株式(108条1項8号・323条)として定款に定める方法と、契約上の義務とする方法があり、前者は承諾のない行為が効力を生じません。
- 日常の取引や採用まで対象に含まれていないか、金額や期間の基準が入っているかを確認します。
- 一定期間内に回答がなければ承諾したものとみなす「みなし承諾」の定めを求めます。
- 複数の投資家がいる場合、全員の承諾ではなく過半数などの要件にとどめます。
事前承諾事項は「投資家が心配する重要事項」に絞り、金額基準とみなし承諾を入れることで、監督と経営スピードの両立が図れます。
ドラッグアロング・タグアロング・先買権 ― 出口を誰が決めるか
株式には譲渡の自由がありますが(会社法127条)、譲渡制限のある会社では譲渡に会社の承認が必要です(同136条・139条)。株主間契約は、これに加えて誰が・いつ・どのように株式を売るかの契約上のルールを重ねます。
ドラッグアロング(強制売却権)
一定の要件を満たす株主がM&Aによる売却に賛成した場合、創業者を含む他の株主も同じ条件で株式を売却しなければならない条項です。創業者にとっては「自分の会社を、自分の意思に反して売却される」可能性を意味します。
- 誰が発動できるか。投資家単独ではなく、創業者を含む一定割合の株主の賛成や取締役会の決議を要件にします。
- いつから発動できるか。出資から一定期間は発動できない期間制限を設けます。
- いくら以上で発動できるか。最低売却価格の下限を定めます。
タグアロング(共同売却権)と先買権
タグアロングは、創業者が株式を第三者に売るときに、投資家も同じ条件で一緒に売却できる権利です。先買権は、創業者が株式を売ろうとするときに、投資家が同条件で優先的に買い取れる権利です。創業者側にも相互に認めるよう求めることができます。
ドラッグアロングは削除を求めるより、発動要件(誰が・いつから・いくら以上で)を具体的に書き込む方が、投資家の理解を得やすく、創業者の保護にもなります。
創業者株式の取扱い ― 退任時の買取・ベスティング・競業避止
投資家は「経営者である創業者」に投資しているため、創業者が出資後に会社を離れる場合に備えた条項が株主間契約に置かれます。
退任時の株式買取(リーバー条項)
創業者が取締役を退任したときに、会社や他の株主、投資家が指定する者が創業者株式を買い取れる条項です。重大な契約違反や不正行為による退任(バッドリーバー)では取得価額など低い価格、病気や死亡、投資家側の都合による解任(グッドリーバー)では時価による買取りとする設計が一般的です。バッドリーバーの定義が広すぎないか、時価を誰がどう算定するか、対象を全株式にするのか未確定分に限るのかを確認します。
会社自身が買い取る場合には会社法上の制約があります。株主との合意による自己株式の取得には株主総会の決議が必要で(会社法156条・160条)、取得に使える金額は分配可能額の範囲に限られます(同461条)。赤字が続く会社では実行できないことがあるため、他の株主や投資家指定者が買い取る選択肢を用意しておきます。
リバースベスティングと競業避止
リバースベスティングは、創業者株式の一定割合を出資後の在籍期間に応じて段階的に「確定」させ、確定前に離脱した場合は低い価格で買い取られる仕組みです。創業者に不利に見えますが、共同創業者の一人が早期に離脱したときに大きな持株を持ち続ける事態を防ぐ効果があり、残る創業者を守る側面があります。確定の期間と割合、会社がM&Aされた場合に未確定分が一括で確定するかを確認します。あわせて置かれる専念義務・競業避止条項は、退任後の期間と対象業務が広すぎないか、他社の社外役員や投資活動まで禁止されていないかを確認します。
創業者株式の条項は「自分が離脱する場面」だけでなく「共同創業者が離脱する場面」も想定して読むと、守るべき点と受け入れてよい点が見えてきます。
よくある質問(FAQ)
投資家から「標準的なひな形です」と言われた契約書でも、修正を求めてよいのでしょうか?
投資契約に、会社だけでなく創業者個人としても署名する必要がありますか?
出資比率が20%程度の投資家にも、取締役指名権や事前承諾事項を認める必要がありますか?
ドラッグアロング条項は削除を求めるべきですか?
締結後に不利だと気づいた条項は、あとから変更できますか?
まとめ
- 投資契約・株主間契約・定款は一体で読み、経済条件・経営条件・出口条件の3つに分けて優先順位を付ける。
- 表明保証は知っている問題を開示資料に書き出し、経営株主個人の買戻義務は故意・重大な違反に限定して期間と上限を設ける。
- 優先分配の倍率と参加型・非参加型、希薄化防止の方式は、想定Exit額を置いて分配額を計算して判断する。
- 事前承諾事項は重要事項に絞り、ドラッグアロングは発動要件を具体化する。
- 創業者株式の買取・ベスティングは、自分と共同創業者の双方が離脱する場面から確認する。
投資契約は締結後に直すことが難しい契約です。できればタームシートの段階で、条項ごとの影響を数字に置き換えて確認することをお勧めします。当事務所では、資金調達の各段階で契約書の確認と交渉をサポートしています。継続的なご相談は顧問弁護士サービスを、個別の契約書の確認はお問い合わせ(無料相談)からご連絡ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
