「息子に会社を譲りたいが、株式が兄弟や元役員にも散らばっている」。事業承継を考え始めた経営者から、私たちが最初に受けるのはこうした相談です。後継者を決めても、株式が分散したままでは必要な決議を通せず、承継後の経営が不安定になります。この記事では、事業承継の前に片付けておくべき分散株式の集約方法、後継者へ株式を集中させたときの遺留分対策、事業承継税制の概要、後継者への権限移譲の進め方を、会社法・民法・経営承継円滑化法の条文と国税庁の公表資料に沿って整理します。
なぜ事業承継の前に株式を集めるのか ― 分散株式が招く3つの不都合
中小企業の株式は、創業時の出資者、相続で株式を受け取った親族、退職した元役員などに分散していることが少なくありません。日常の経営では表に出ませんが、事業承継の局面では次の不都合が現実になります。
- 決議が通らない。定款変更や組織再編などの重要事項は株主総会の特別決議(会社法309条2項・議決権の3分の2以上)が必要です。後継者の持株が3分の2に届かなければ、他の株主の協力なしに会社の形を変えられません。
- 相続でさらに分散する。少数株主が亡くなると株式は相続人に分かれ、会社と面識のない株主や連絡のつかない株主が増えます。
- 買取交渉が難しくなる。関係が薄い株主ほど価格の合意は難しく、承継直前に慌てて買い集めると高値を求められがちです。
最初にやること ― 株主名簿・定款・名義株の棚卸し
集約の方法を選ぶ前に、次の3点で現状を正確に把握します。
1. 株主名簿と実際の株主のずれ
設立時に名前だけを借りた「名義株」が残っている会社は今も見られます。名義人やその相続人から「自分の株式だ」と主張されると紛争になるため、払込みや配当の記録を集め、名義人の協力が得られるうちに実質株主への名義変更の合意書を取り交わします。
2. 定款の譲渡制限と売渡請求の定め
定款に株式の譲渡承認の定め(会社法107条1項1号)と、相続人等に対する売渡請求の定め(174条)があるかを確認します。この2つは後述する集約方法の前提です。設立時の定款のままの会社は、定款変更も併せて検討してください(関連記事: 設立時のままの定款が招く不都合)。
3. 各株主の状況
株主ごとに年齢、会社との関係、相続人の有無を整理し、協力的な株主が高齢なら相続前の任意の買取を優先します。
株式集約の第一歩は、株主名簿・定款・名義株の棚卸しです。「誰が、何株、どのような経緯で持っているか」を書面で確定させることが、以後のすべての手続の土台になります。
分散株式を集約する4つの方法 ― 買取・自己株式取得・売渡請求・スクイーズアウト
分散株式を後継者側に集める方法は大きく4つあります。根拠条文、要件、向いている場面を表にまとめます。
| 方法 | 主な根拠条文 | 要件・手続の要点 | 向いている場面 |
|---|---|---|---|
| 後継者・現経営者による任意の買取 | 会社法136条(譲渡承認請求) | 株主との売買契約。譲渡制限株式は会社の承認が必要。価格は当事者の合意 | 株主が協力的で、買主側に資金がある場合 |
| 会社による自己株式の取得(特定の株主からの取得) | 会社法155条3号・156条・160条・461条 | 株主総会の特別決議。他の株主に売主追加請求権(160条3項)。取得額は分配可能額の範囲内 | 後継者個人に資金がなく、会社に剰余金がある場合 |
| 相続人等に対する売渡請求 | 会社法174条〜177条 | 定款の定めが必要。相続等を知った日から1年以内に特別決議を経て請求。価格は協議、不調なら請求日から20日以内に裁判所へ申立て。分配可能額の制限あり | 少数株主に相続が起き、相続人の株式を会社が引き取る場合 |
| スクイーズアウト(特別支配株主の株式等売渡請求・株式併合) | 会社法179条〜179条の3、180条・182条の4 | 売渡請求は総株主の議決権の10分の9以上を持つ株主が、会社の承認を得て行う。株式併合は特別決議で、端数となる反対株主に買取請求権 | 話し合いに応じない少数株主が残り、支配株主側が要件を満たす場合 |
任意の買取が原則
最も円満で確実なのは株主との合意による買取です。価格は、国税庁が公表する取引相場のない株式の評価方式を目安に、会社の実態に即して協議します。会社が譲渡を承認しない場合は会社または指定買取人が買い取る義務があります(会社法140条)。
会社が買い取る場合の注意点
会社が特定の株主から自己株式を取得するには特別決議が必要で、他の株主には自分も売主に加えるよう請求する権利があります(会社法160条3項)。また、取得に使える金額は分配可能額に限られ(461条)、剰余金のない会社では使えません。
相続人等への売渡請求は定款の準備と期限管理が鍵
定款に会社法174条の定めがあれば、少数株主に相続が起きたとき、会社は相続人に株式を売り渡すよう請求できます。請求は相続を知った日から1年以内に行い(176条1項)、その都度特別決議が必要で、対象の相続人は議決権を行使できません(175条)。価格協議が整わなければ請求日から20日以内に裁判所へ価格決定の申立てができ、この20日を過ぎると請求は効力を失います(177条)。この定めは現経営者の相続にも適用されるため、後継者が株式を相続した場面で他の株主が多数なら逆に売渡請求を受けるおそれがあり、生前に後継者へ株式を移すなど株主構成を踏まえた設計が必要です。
スクイーズアウトは最後の手段
総株主の議決権の10分の9以上を持つ特別支配株主は、他の株主全員に株式の売渡しを請求できます(会社法179条)。対象会社の承認(取締役会設置会社では取締役会決議)が必要です(179条の3)。株式併合(180条)で少数株主の株式を1株未満の端数にする方法は特別決議で足りますが、取締役は総会で理由を説明しなければならず(180条4項)、反対株主には公正な価格での買取請求権があります(182条の4)。いずれも任意の買取を尽くした後の選択肢です。
後継者への株式集中と遺留分対策 ― 民法と経営承継円滑化法の特例
株式を集めた後、現経営者から後継者へ生前贈与や遺言で株式を集中させると、今度は後継者以外の相続人の遺留分が問題になります。
遺留分の基本
兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があり、割合は原則として遺留分算定の基礎財産の2分の1(直系尊属のみが相続人の場合は3分の1)です(民法1042条)。相続人に対する生計の資本としての贈与は相続開始前10年間のものが基礎財産に加算され(1044条3項)、後継者への株式の贈与も通常これに当たります。遺留分を侵害された相続人は侵害額に相当する金銭を請求でき(1046条)、後継者は多額の金銭の用意を迫られます。請求権は、相続開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年で消滅します(1048条)。
経営承継円滑化法の除外合意・固定合意
経営承継円滑化法は、この問題に遺留分の特例を設けています。旧代表者の推定相続人と後継者の全員が書面で合意すれば、後継者が贈与で取得した株式の価額を遺留分算定の基礎から除外する(除外合意)か、合意時の価額に固定する(固定合意)ことができます(同法4条1項)。固定合意には弁護士・公認会計士・税理士等による価額の証明が必要です。合意後1か月以内に経済産業大臣の確認を申請し(7条3項)、家庭裁判所の許可を得て効力が生じます(8条・9条)。後継者は合意時点で議決権の過半数を持つ代表者であることが必要です(3条3項)。全員の合意が前提のため、後継者以外の子への代償(金銭・不動産・生命保険など)を示しながら早めに話し合うことが現実的です。
遺留分放棄と遺言の併用
相続開始前の遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けた場合に限り効力を生じます(民法1049条)。除外合意が難しい場合でも、遺言で株式を後継者に集中させ、他の相続人に別の財産を配分して遺留分侵害額を小さくする設計は可能です。
後継者への株式集中は、遺留分対策と一体で設計します。経営承継円滑化法の除外合意・固定合意は推定相続人全員の合意と経済産業大臣の確認・家庭裁判所の許可が必要なため、時間と対話の準備が欠かせません。
事業承継税制の概要 ― 特例措置の期限と要件
株式を後継者に贈与・相続させるときの税負担を抑える制度が、法人版事業承継税制です。経営承継円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式を後継者が取得した場合に、一定の要件のもとで納税が猶予され、後継者の死亡等により免除されます。国税庁の公表資料による特例措置と一般措置の違いは次のとおりです。
| 項目 | 特例措置 | 一般措置 |
|---|---|---|
| 事前の計画策定 | 特例承継計画の提出が必要(2018年4月1日〜2027年9月30日) | 不要 |
| 適用期限 | 2018年1月1日〜2027年12月31日の相続・贈与 | なし |
| 対象株数 | 全株式 | 総株式数の最大3分の2まで |
| 納税猶予割合 | 100% | 相続等80%・贈与100% |
| 承継パターン | 複数の株主から最大3人の後継者 | 複数の株主から1人の後継者 |
| 雇用確保要件 | 弾力化(満たせない場合は理由を記載した報告書の提出・確認) | 承継後5年間平均8割の雇用維持 |
特例措置の適用期限は2027年12月31日、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日で、2026年10月時点で残り1年ほどです。もっとも、この制度は納税の「猶予」であり、承継後に要件を外れると猶予された税額の納付が必要になります。適用の可否と有利不利は税理士と連携して個別に検討してください。
後継者への権限移譲の進め方 ― 代表権・残す株式・従業員承継
段階的な移し方
- 準備期: 後継者を取締役に選任し、株式は現経営者が過半数を保持したまま一部を贈与します。
- 移行期: 後継者を代表取締役に選定し、金融機関の経営者保証の見直し、取引先への紹介、主要契約の名義確認を進めます。
- 完了期: 株式の過半数、できれば3分の2以上を後継者に移し、残した株式の扱い(遺言・売渡請求の定め)を確定させます。
残す株式と拒否権の設計
現経営者が3分の1超の株式を残すと特別決議を止める拒否権を持ち続け、後継者が定款変更や組織再編を単独で進められません。見守りが目的なら、議決権のない株式や配当優先株式(会社法108条)への転換、株主間契約での議決権行使の取り決めも選択肢です(関連記事: 共同創業者・少数株主とのトラブルを防ぐ株主間契約)。
従業員承継の追加論点
親族外の従業員に承継する場合、後継者に株式の買取資金がないことが最大の壁です。会社が自己株式として取得して後継者の持株比率を高める、持株会社を設けて借入れで株式を取得するなどを組み合わせ、個人保証の引継ぎを金融機関と早期に協議してください。
よくある質問(FAQ)
連絡の取れない株主がいる場合、株式を集約するにはどうすればよいですか?
少数株主から株式を買い取る価格はどのように決めればよいですか?
相続人への売渡請求の定款を入れると、社長自身の相続で不利になると聞きました。本当ですか?
遺留分対策として生前贈与をすれば、10年経てば遺留分の対象から外れますか?
事業承継税制を使えば、株式にかかる相続税・贈与税はかからなくなりますか?
後継者が決まっていない段階でも、株式の集約を始める意味はありますか?
まとめ
- 株式を集約しないと、後継者が特別決議(会社法309条2項)を通せず、相続でさらに分散し、買取交渉も難しくなります。
- 最初に株主名簿・定款・名義株を棚卸しし、株主構成を書面で確定させます。
- 集約は任意の買取を原則に、自己株式取得、相続人等への売渡請求(定款の定め・1年以内・20日以内の裁判所申立て)、スクイーズアウトを場面で使い分けます。
- 後継者への株式集中は遺留分対策と一体で設計し、経営承継円滑化法の除外合意・固定合意や遺言の併用を検討します。
- 事業承継税制の特例措置は2027年12月31日まで(計画提出は同年9月30日まで)。猶予制度であることを理解し、税理士と連携して判断します。
株式の集約と遺留分対策は、会社法・民法・税制が交差する領域で、順番を誤ると取り返しがつきません。当事務所の顧問弁護士サービスでは、株主構成の棚卸しから定款変更、株式買取の交渉、遺留分特例の手続まで、事業承継の全体を継続的にサポートしています。まずはお問い合わせ(無料相談)から、貴社の株主構成と承継の希望をお聞かせください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。法令・制度の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
